福島の発展への想い

復興後」に自力で
歩いていけるように、
今、福島に対してできること。

「復興後」に自力で歩いていけるように、今、福島に対してできること。 「復興後」に自力で歩いていけるように、今、福島に対してできること。

株式会社zero one 専務取締役

南 祐希YUKI MINAMI

県都の街としては静かだった

県都の街としては静かだった

震災後に初めて足を踏み入れた福島。市内を見回しながら、「意外と物静かだな」という第一印象が私の心に浮かびました。
県庁所在地なのに、どこか物寂しさを漂わせる風景がありました。
私は神戸で生まれ育ちました。1995年に、神戸の街を直撃した大地震。
まだ幼少でしたが、阪神淡路大震災のことは鮮明に覚えています。震度7の揺れとその後の火災で被害を受けた神戸は、以後3年間にわたって復興のための支援が行われました。
建物や道路が新しくなり、街も少しずつ元の姿を取り戻していきました。

復興したはずなのに、後退していく

復興したはずなのに、後退していく

阪神淡路大震災から20年。
表向きは賑やかで活気があるように見えても、商店街はテナントが定着せず、大手百貨店も撤退するなど、神戸の街には「復興後」の影響が確実に現れています。
日本中からの復興支援が皮肉にも煙幕のようになって、3年の間に足元の経済を地固めできなかったことが原因だと考えています。
福島も他人事ではありません。もちろん災害の性質や規模は異なりますが、神戸よりも長期にわたる復興支援が続いています。
この状況に慣れきったままで何もせずにいると、もしかしたら神戸よりも大きな反動が来るかもしれません。
復興の難しさを目の当たりにした経験があるからこそ、何か手を打たなければという思いが強まっています。

福島に根を下ろして、感じたこと

福島に根を下ろして、感じたこと

株式会社zero oneが誕生したのは2014年のこと。
この土地で働き、暮らすようになり、深く考えるようになったのが福島の未来についてです。
「福島の人は保守的だ」とよく言われます。それは、伝統が維持されるなどの利点がある一方、ポジティブな変化も起こりにくいことを意味します。
でも、現状維持だけを望んだとしても、やがて下り坂になることは明白です。
飛行機のエンジンを切るとだんだん高度が下がっていくように。
だからこそ、福島は発展に向かってアクセルを踏んで、もっともっと活気ある街を目指さなければいけないと感じます。

元気で、魅力ある福島のために

元気で、魅力ある福島のために

私は、福島が自分の足でしっかりと立って歩けるようになったときが、本当の復興だと思います。
そのためには、地元の仕事を地元の会社でしっかり引き受け、経済を循環させることが重要です。
「できることしかやらない」ではなく、効率的・合理的な方法を取り入れながら新しいことに挑戦し、競争力を養っていく。それが現在の福島の会社には必要です。
私たちは、少しでも福島が変わるための起爆剤になりたいと思っています。
雄大な自然が多く、人々はアットホームで、どこかほっとする。県外出身の私にとって福島は魅力で溢れています。観光名所になりそうな場所もたくさんありますが、あまり知られていません。福島に根ざす会社として、こうした福島の魅力を積極的に発信していく責務もあると感じています。
20年後、30年後の福島の発展を視野に入れて、未来志向で企業活動に取り組んでいきたいと考えています。

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